新疆の葡萄と、中国の秋に食べられる梨。 一見するとまったく違う食文化のように見えますが、どちらにも「乾燥」と向き合う知恵が込められています。
新疆では、乾燥した気候を利用して葡萄の水分を抜き、保存性の高い干し葡萄をつくります。 一方、中国の秋の食養生では、季節の乾燥に合わせてみずみずしい梨を取り入れ、身体を「潤す」食文化が発達しました。
つまり、
土地の乾燥 → 乾燥した気候を利用して葡萄を保存する
季節の乾燥 → みずみずしい梨を取り入れる
という、二つの「乾燥との付き合い方」が見えてきます。
自然環境を敵として避けるのではなく、その土地や季節の特徴を理解しながら、食べ物の加工や食べ方を工夫する。 そこに、中国の秋の食文化の面白さがあります。
目次
・【1】新疆|秋に実る葡萄
・ <1-1> トルファンの葡萄栽培の歴史
・ <1-2> 晾房 | 葡萄を干すための家
・ <1-3> 気候が育む「特別な葡萄」
・ <1-4> 現代の新疆ワイン
・ <1-5> 葡萄イベント
・【2】中国|秋燥と梨の食養生
・ <2-1> 秋燥を潤す果実「梨」
・ <2-2> 雪梨
・ <2-3> 梨湯(なしのスープ)
・ <2-4> 梨を煮詰めた「梨膏」
・【3】まとめ
【1】新疆|秋に実る葡萄
新疆ウイグル自治区は世界的なブドウ産地として知られており、なかでも「トルファン(吐魯番)」は中国を代表する「葡萄干(プータオガン)」の産地です。乾燥した気候と強い日差しがブドウの糖度を高め、味わいを濃くするため、トルファンのブドウは「中国でいちばん甘い」と評されることもあります。 特に有名なのが「無核白(むかくはく/種なし白葡萄)」で、透き通るような果肉と強い甘みが特徴です。生食用として人気が高いだけでなく、干し葡萄に加工すると香りが際立ち、世界的にも高品質と評価されています。トルファンは、生産量だけでなく、味の面でもトップクラスの産地として知られています。
🔽【動画】トルファンの葡萄
<1-1> トルファンの葡萄栽培の歴史
トルファン(turpan)で葡萄が栽培されていた歴史は非常に古く、考古学的には約3000年前まで遡るとされています。乾燥した気候のおかげで遺物がよく残り、洋海古墓からは葡萄の蔓が出土しています。これは、当時すでに葡萄が生活の一部として栽培されていたことを示す貴重な証拠です。
紀元前2世紀、西漢の張騫が西域へ赴いたことで、中国と中央アジアとの交流が活発になると、欧亜種の葡萄と醸造技術が中国へ伝わりました。トルファンはその受け皿となり、葡萄栽培はさらに広がっていきます。南北朝時代には葡萄園の売買契約書が残るほど、葡萄栽培が地域の重要産業として定着していました。
古代の文書には、葡萄酒造りに関する専門用語も登場します。「踏浆(葡萄を踏んで果汁を出す)」「槽頭(醸造場)」などの記述は、唐代の高昌国で高度な醸造技術が存在していたことを示しています。吐峪沟遺跡からは葡萄の種や梗が大量に出土しており、葡萄酒文化が長く続いてきたことがわかります。
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<1-2> 晾房 | 葡萄を干すための家
トルファンの葡萄干文化を象徴する建物が「晾房(リャンファン)」です。晾房は、葡萄を自然の風で乾燥させるための専用の小屋で、壁に無数の小さな穴が開いており、四方から風が通り抜ける構造になっています。
この晾房の技術は漢代にまで遡るとされ、長い歴史の中でトルファンの気候に合わせて発達してきました。直射日光に当てず、風だけで乾燥させる方法は、強烈な日差しと乾燥した風が特徴のトルファンならではの知恵です。農家の屋上や集落の近くに建てられ、収穫期になると大量の葡萄がここに運ばれていきます。
🔽【動画】晾房:葡萄を自然の風で乾燥させるための専用の小屋
<1-3> 気候が育む「特別な葡萄」
トルファンの葡萄栽培を支えているのが、乾燥した大地と豊富な日照です。 夏の暑さと長い日照によって葡萄は甘く育ち、さらに乾燥した気候は収穫後の加工にも適しています。
トルファンは「火洲」と呼ばれるほど暑く乾燥した地域で、年間降水量はわずか十数ミリ。夏には気温が40℃を超えることもあります。この極端な環境が、葡萄の糖度を高め、干し葡萄づくりにも最適な条件を生み出しています。
🔽【動画】トルファンの葡萄
毎年8月末から9月初めにかけて葡萄が成熟期を迎えると、農家は生食用の葡萄を出荷する一方で、干し葡萄用の葡萄を晾房へ運びます。こうして、トルファンの晾房には新しい季節の風が吹き込み、古くから続く葡萄干づくりが始まります。
🔽【動画】トルファン:干し葡萄の製作過程
<1-4> 現代の新疆ワイン
新疆では現在、葡萄干だけでなくワイン産業も急速に発展しています。 トルファンや焉耆盆地、伊犁などではワイナリーが増え、日照の長さと昼夜の寒暖差を活かしたワインづくりが進んでいます。
特にカベルネ・ソーヴィニヨンやメルローなどの赤ワイン用葡萄の栽培が盛んで、国際コンクールで評価されるワインも登場しています。古代から続く葡萄文化が、現代の技術と結びつき、新疆の新しい産業として成長しているのです。
🔽【動画】新疆ワイン
<1-5> 秋の葡萄イベント
トルファンの秋は、街全体が葡萄の香りに包まれる季節です。収穫期を迎えると、葡萄畑も市場も観光地も一気ににぎやかになり、地域の人々と観光客が一緒になって楽しむ特別な時間が始まります。ここでは、トルファンで体験できる秋の葡萄イベントをご紹介します。
1)トルファン葡萄節(Turpan Grape Festival)
トルファンの秋は、街全体が葡萄の香りに包まれる季節です。収穫期を迎えると、トルファンでは毎年 8〜9月に「トルファン葡萄節(Turpan Grape Festival)」が開催され、新疆最大規模の葡萄イベントとして数十万人の来場者でにぎわいます。巨大な葡萄アーチが並ぶ会場に足を踏み入れると、甘い香りがふわりと漂い、広場ではウイグル民族舞踊の音楽が響き渡ります。観光客も地元の人々も自然と踊り出すほどの熱気に包まれ、街じゅうが祭りの雰囲気に染まります。
祭りの期間中は農産物市も見どころで、トルファン名産の葡萄はもちろん、ハミ瓜(哈密瓜)、ナツメ、クルミ、干し杏など色とりどりの果物が並びます。屋台ではポロ(炊き込みご飯)やラグメン(手打ち麺)、葡萄を使ったスイーツなど、ウイグル料理を気軽に味わうことができ、訪れた人々の食欲を誘います。
🔽【動画】トルファンのブドウ
2)ブドウ狩り体験
トルファン郊外にある葡萄谷は、頭上を葡萄の葉が覆う“緑のトンネル”のような場所です。日陰の中を歩くとひんやりと心地よく、どこを撮っても絵になる風景が広がっています。
🔽【動画】葡萄が収穫期:葡萄谷が観光の中心として活性化
コラム:葡萄の葉
葡萄は、実だけでなく葉まで余すことなく利用される食材として、世界の葡萄文化圏で広く親しまれています。中央アジア・中東・地中海地域では、葡萄葉を塩漬けにして保存し、肉や米を包んで煮込む料理が古くから作られてきました。ギリシャのドルマ(Dolma)やトルコのサルマ(Sarma)はその代表で、葡萄葉の爽やかな香りとほのかな酸味が料理に独特の風味を与えます。
新疆でも同じように葡萄葉を食材として利用しますが、ウイグル料理では地域ならではの形で受け継がれています。
🔽【動画】葡萄葉で米や肉を包む料理「ドルマ(Dolma)」
収穫期には新鮮な葡萄葉を塩漬けにした「葡萄叶腌制品」が市場に並び、家庭料理やレストランで広く使われています。
🔽【動画】新疆:葡萄葉の塩漬け
また、葉を乾燥させた「葡萄叶干」は保存性が高く、スープの香り付けや煮込み料理の風味づけに利用されます。乾燥葉はお茶のように煮出して飲むこともあり、葡萄文化が生活の細部にまで根付いていることがうかがえます。
このように、葡萄葉を食べる文化は世界的に広がっていますが、葡萄の大産地である新疆では、葡萄葉の加工品が観光客向けの特産品としても人気を集め、葡萄産業の多元化を支える重要な一部となっています。 葡萄の実だけでなく葉まで活用する食文化は、トルファンの豊かな葡萄文化を象徴する存在と言えるでしょう。
【2】中国|秋燥と梨の食養生
中医では、秋は「燥」の影響を受けやすい季節と考えられており、「秋燥(しゅうそう)」という言葉があります。乾燥によって喉や鼻が乾いたり、口が渇いたり、肌が乾燥したり、乾いた咳が出たりといった不調が起こりやすいとされます。
そのため、秋の食養生では「身体を潤すこと」が意識されます。 その代表的な食材のひとつが、梨です。
<2-1> 秋燥を潤す果実「梨」
梨は水分が多く、みずみずしい果物です。中国の中医・薬膳では、梨は伝統的に 「潤肺」「生津」「潤燥」 などの目的で利用されてきました。
中国北方では、秋になると市場に梨がずらりと並び、家庭でも「秋は梨を食べて潤す」という習慣が根づいています。北京の中医薬関連機関でも、秋の乾燥対策として梨を紹介し、生で食べるだけでなく、煮て梨湯にする食べ方などが推奨されています。
ただし、あくまでも中医・薬膳の考え方において、取り入れられてきたものです。
<2-2> 雪梨(シュエリー)
中国の秋の食養生を調べると、よく登場するのが 雪梨(シュエリー) です。 雪梨は中国で広く流通する梨の一種で、果肉が白く、みずみずしく、さっぱりした甘さが特徴です。
中国では地域によって梨の種類が異なり、たとえば
- 雪梨(シュエリー):北方で一般的。果汁が多く、さっぱりした甘さ。
- 鴨梨(ヤーリー):細長い形が特徴。梨湯に使われることが多い。
- 香梨(シャンリー):新疆の名産。香りが強く、甘みが濃い。
- 砀山梨(とうざんり):安徽省砀山県の名産。果汁が多く、加工用にも利用される。
など、地域ごとに個性豊かな梨が存在します。
薬膳では、特に雪梨や鴨梨が梨湯や梨膏に利用され、秋の乾燥に対する「潤肺・生津」の食材として扱われています。北京市中医薬局の解説でも、梨湯に適した梨として雪梨や鴨梨が挙げられています。
<2-3> 梨湯(なしのスープ)
梨湯は、梨を水と一緒に煮て温かい汁ごといただく料理です。生の梨とは違い、柔らかくやさしい甘さが広がるのが特徴です。
梨湯は 清代の文献にも登場する伝統的な食養生 で、北京や華北地域では秋冬の家庭料理として親しまれてきました。清代の宮廷でも梨を煮て食べる習慣があり、乾燥した北方の気候に合わせた食文化として発展したとされています。
🔽【動画】梨湯
◎家庭ごとのバリエーション
梨湯は家庭によってレシピが異なり、以下の食材がよく使われます。
- 氷砂糖
- 銀耳(白きくらげ)
- 羅漢果
- 生姜
- クコの実
- 百合(ゆり根)
銀耳を加えるととろみが出て、より「潤す」食養生として親しまれています。
北京では 「小吊梨湯」 と呼ばれる梨の飲み物も人気で、秋になると街角の店で温かい梨湯を買って飲むのが季節の風物詩になっています。
🔽【動画】小吊梨湯
<2-4> 梨を煮詰めた「梨膏」
梨膏(りこう)は、梨を主原料として煮詰め、濃縮したものです。とろりとしたシロップ状で、温かいお湯に溶かしたり、料理に少量加えたりして使われます。
- 羅漢果
- 麦門冬
- 百合
- 蜂蜜
- 生姜 など、目的やレシピに応じてさまざまな素材が組み合わせられます。
中国北方では秋冬になると市場に梨膏が並び、家庭でも「喉を潤す季節の常備品」として親しまれています。
🔽【動画】梨膏
まとめ
中国の秋を代表する食べ物として、葡萄と梨を見てみると、季節との付き合い方がよく分かります。
新疆・トルファンでは、夏の太陽を浴びて育った葡萄が秋に収穫され、晾房で風を利用して乾燥させることで、干し葡萄という保存食へ姿を変えます。
一方、秋の「燥」を意識する中医・薬膳では、みずみずしい梨が「潤肺」「生津」「潤燥」の食材として取り入れられ、梨湯や梨膏など、さまざまな形で楽しまれてきました。
乾燥させて保存する葡萄と、乾燥する季節に食べる梨。
この二つを並べてみると、中国の秋は、単に「秋の味覚を楽しむ季節」ではなく、自然の環境や季節の変化を読み取り、それに合わせて食べ物を加工し、味わってきた季節でもあることが見えてきます。