世界の「マタギ」を探して|山の猟師たちは自然とどう生きてきたのか?

自然環境や生命との向き合い方が問われる現代。かつて日本の山々には、自然を支配するのではなく、「自然の一部」として生きる狩猟民がいました。それが「マタギ」です。

彼らは単に獲物を狩るだけでなく、独自の信仰、言語、社会ルールを持ち、山の恵みを限界まで生かす暮らしを続けてきました。

今回は、日本の「マタギ文化」の伝統と現代の姿に迫るとともに、世界で見られる“マタギ的な生き方”と比較しながら、人間と自然の本来のあり方を探ります。

目次

・【1】マタギとは何者なのか?
・ <1-1>旅マタギ|熊の胆嚢
・ コラム|「熊の胆」と「熊胆」は同じもの?
・ <1-2>徹底された役割分担「集団猟」
・【2】マタギの精神と技術
・ <2-1>山の神と「山言葉」
・ <2-2>熊信仰とケボカイ
・ <2-3>命を生かし切る知恵
・【3】マタギが抱える葛藤と危機
・ <3-1>ゴールデンカムイ
・ <3-2>熊との共存
・ <3-3>失われつつある文化
・【4】世界にも「マタギ」はいる?
・ <4-1>シベリアの狩猟民
・ コラム|トナカイに乗るって珍しい事なの?
・ <4-2>北極圏のイヌイット
・ <4-3>北欧のサーミ
・コラム|「最高の獲物」とは何か?
・【5】まとめ

【1】マタギとは何者なのか?

マタギとは、主に日本の東北地方などの山間部で、伝統的な手法を用いて集団で狩猟を行ってきた人々を指します。

文化庁の記録などによれば、日本では古くから山で狩猟を行う人々を「山立(やまだち)」などと呼びましたが、特に東北地方では「マタギ」という名称で受け継がれてきました。秋田県や山形県を中心に、熊狩りをはじめとする独自の狩猟習俗が発達しています。

中でも特に有名なのが、秋田県北秋田市の「阿仁(あに)マタギ」です。阿仁地域では、熊やカモシカなどの大型獣だけでなく、野兎やムササビなどの小動物も対象とし、高度に組織化された集団で狩りを行ってきました。

マタギとは、単に「動物を狩る人」ではありません。「山(自然)を知り尽くした知識人であり、生命を余すことなく利用する技術者であり、山のルールを後世に伝える伝承者」だったのです。

<1-1>旅マタギ|熊の胆嚢

狩猟は居住地域の周辺だけにとどまりませんでした。マタギの歴史において特筆すべきが、江戸時代から大正・昭和初期にかけて盛んに行われた「旅マタギ」と「薬の行商」です。

厳しい長男相続制があった山村では、二男や三男が「旅マタギ」として福島、新潟、信州などの遠方まで長期間遠征し、狩猟を行いました。彼らが手に入れた最も価値ある獲物が、熊の胆嚢(たんのう)を乾燥させた生薬「熊胆(ゆうたん/熊の胆)」です。当時は「同量の金と等しい価値がある」と評されるほど高価で取引されました。

  • 行商の仕組み: 冬から春にかけて山で熊を狩り、獲った熊胆を自ら加工。農繁期や夏場には薬売り(行商)として全国を巡礼・訪問販売しました。現金収入が極めて少ない山村にとって、熊胆は地域経済を支える最大の財源だったのです。
  • 熊胆の効能: 主成分である「ウルソデオキシコール酸」には強力な利胆作用(胆汁の分泌を促す)があり、古くから胃腸薬、解毒、二日酔い改善、肝臓の働きを助ける万能薬として重宝されてきました。
  • 現代の需要と変化: 現代の日本では、主成分の化学合成(市販の胃腸薬「ウルソ」など)が可能になったため、生薬としての熊胆の需要は大きく減少しています。一方、中国をはじめとするアジア圏の伝統中医学(中薬)では現在も高い人気と需要が存在しますが、野生クマの保護やワシントン条約による取引制限などの観点から、国際的な議論が続いています。

コラム|「熊の胆」と「熊胆」は同じもの?

マタギの世界では「熊の胆(くまのい)」、漢方や生薬の世界では「熊胆(ゆうたん)」という言葉が使われます。

一見すると熊の胆嚢そのものを指しているように思えますが、生薬としての熊胆は正確には「クマの胆汁を乾燥させたもの」です。胆汁は肝臓で作られ、胆嚢の中に蓄えられています。伝統的な狩猟文化では、熊を仕留めた後に胆嚢ごと取り出して乾燥・保存されることが多く、「熊の胆」「熊の胆嚢」「熊胆」という言葉がほぼ同じ意味で使われてきました。

一方、現代の熊胆産業では、生きた熊から胆汁のみを採取する方式が採られることがあり、そのため「熊胆」よりも「熊の胆汁」という表現が多く使われるようになりました。どちらも最終的には同じ生薬の原料ですが、採取方法は大きく異なります。

<1-2> 徹底された役割分担「集団猟」

現代の狩猟と聞いてイメージするのは、「一人のハンターが銃を持って山に入り、獲物を狙う」姿かもしれません。しかし、伝統的なマタギ猟(特にツキノワグマを追う集団猟)は全く異なります。

マタギの集団(「シカリ」と呼ばれるリーダーを頂点とした組織)では、全員が明確な役割を持って連携します。

  • 獲物の足跡を追い、追い詰める役割(巻き手)
  • 獲物の逃げ道を塞ぎ、待ち構える役割(待ち手)
  • 全体の指揮を執るリーダー(シカリ)
  • 獲物の解体や神事を担当する役割

そこには個人の功名心(手柄)ではなく、集団全員で安全に狩りを成功させ、公平に獲物を分け合うための厳格な社会的ルールが存在していました。

▼【動画】昭和11年撮影:熊狩り&捕獲後の儀式の映像

【2】マタギの精神と技術

<2-1>山の神と「山言葉」

マタギ文化を最も象徴するのが「山言葉(やまことば)」です。山に入ったマタギたちは、日常で使っている言葉(里言葉)を一切使いません。例えば、火を「アッチ」、熊を「イタズ」、食べることを「ハカル」など、独特の隠語を使います。

なぜ、わざわざ言葉を変えるのでしょうか?

山形県小国町などのマタギ文化の記録にあるように、彼らにとって山は単なる「作業場」ではなく、「山の神が支配する聖域」でした。人間に都合の良い里言葉を山の中に持ち込むことは神への不敬であり、人間の企みが神や動物に知られてしまうと考えられたのです。

ここには、「自然を人間がコントロールする」のではなく、「自然という厳格な世界にお邪魔させてもらう」という深い謙虚さがあります。

<2-2>熊信仰とケボカイ

マタギにとって、最高峰の獲物である熊は単なる獲物ではなく、「山の神からの授かり物(贈り物)」でした。

狩獲した熊を解体する際、マタギは「ケボカイ」と呼ばれる神事・儀式を行います。熊の頭を北に向け、祈りの言葉(唱え言葉)を唱えながら塩を振り、「魂はお返ししますので、また私たちに肉と皮を授けてください」と感謝を捧げます。

山形県小国町小玉川では、熊を供養し感謝を捧げる「小玉川熊まつり」が300年以上にわたり受け継がれています(現在も毎年5月4日に開催され、狩猟の実演や神事が行われています)。

▼【動画】小玉川熊まつり

実は、このような「熊に対する特別な信仰と供養の文化」はマタギ特有のものではありません。北海道のアイヌ民族における「イオマンテ(熊送り)」や、シベリアの先住民(ハンティ族・マンシ族など)に見られる「熊祭」など、「環北極圏」と呼ばれる北半球の厳しい自然環境には、“熊は神が肉と皮を携えて人間に会いに来た姿であり、丁寧に魂を送り返せば再び恵みを持って戻ってくる”という共通の熊信仰(熊霊送り)が存在しています。

マタギの熊信仰は、この古代から続く地球規模の自然観と深く繋がっているのです。

<2-3>命を生かし切る知恵

マタギは、狩猟した動物を可能な限り余すことなく利用しました。これは単なる「節約」ではなく、命への敬意を示す行為でもありました。

  • 肉: 集団で分配して食べる貴重なタンパク源
  • 毛皮: 防寒着や敷物、生活道具の材料
  • 熊胆(胆嚢): 高価な生薬として保存し、行商にも利用
  • 骨やツメ: 道具や装飾品、魔除けのお守りとして活用

「一頭の命から暮らしのすべてを生み出す」という考え方は、マタギ文化を象徴する価値観の一つです。

さらに彼らは、山の恵みを将来世代へ残すための自主的なルールも守っていました。例えば、子グマを連れた母熊は撃たない、必要以上の狩猟は行わない、集団で獲物を公平に分配する、といった慣習です。

現代の生態学や資源管理の言葉が生まれる以前から、マタギたちは経験によって「獲り尽くせば山は衰える」ということを理解していました。山への畏敬と共同体の規律によって、自然と人間が共存する仕組みを維持していたのです。

▼【動画】マタギたちはどうやって狩猟で生活していたか?

【3】マタギが抱える葛藤と危機

<3-1> ゴールデンカムイ

マタギという存在を、若い世代にも広く知らしめた作品の一つが漫画・アニメの『ゴールデンカムイ』です。作品の中では、北海道のアイヌ文化を中心に、マタギ出身のキャラクターが登場し、その卓越した狩猟技術や自然の知識が生き生きと描かれています。

ただし、エンターテインメント作品に登場するハンターと、実際の伝統的なマタギ文化は分けて考える必要があります。実際の歴史的なマタギには、集団での狩猟組織、山の神への信仰、山言葉、狩猟の禁忌(子連れの母熊は撃たない、必要以上に獲らない、獲物を粗末に扱わない等)、獲物の厳密な分配ルール、薬の行商など、長い時間をかけて地域共同体の中で培われた生活文化全体が含まれています。

作品をきっかけにマタギに興味を持った方が、民俗学的な「実際のマタギ文化」へ足を踏み入れると、さらに奥深い世界が見えてきます。

<3-2> 熊との共存

近年、日本では人里への熊の出没増加や人身被害が大きな社会問題になっています。

かつてマタギにとって熊は、厳しい山に入り、作法を守って山の神から授かる貴重な恵みでした。しかし現在は、行政からの依頼を受けて人里近くに出没した熊を駆除するケースが増えています。

山形県小国町などのマタギを取材した報道でも、人里に出てきた熊を駆除することに追われる一方、「熊は山の神からの授かり物」という伝統的な価値観との間で強い複雑な葛藤を抱えている姿が紹介されています。

山に入って恵みを授かる行為と、人間の生活圏を守るために殺処分する行為。同じ「熊を撃つ」ことでも、その意味合いは決定的に異なります。現代のマタギが抱える問題は、単なる文化継承にとどまらず、「人間と野生動物の距離感」という現代社会全体の課題を映し出しています。

<3-3> 失われつつある文化

猟師の高齢化や担い手不足により、マタギの伝統的な集団猟の機会は急速に減少しています。ここで懸念されるのは、単に「熊を仕留める技術」が途絶えることではありません。

  • 山の地形や風、雪を読む高度な知恵
  • 山言葉や山での作法・禁忌
  • 獲物を解体し、神に感謝を捧げる「ケボカイ」の儀式
  • 獲物を肉・皮・骨・熊胆まで余すことなく活用する資源利用の知恵と、共同体による分配ルール

こうした「目に見えない文化や自然観」こそがマタギの本体であり、これらが一度失われれば復元することは困難です。文化庁がマタギの道具類を重要有形民俗文化財に指定して保存を進めているのも、こうした貴重な文化基盤を後世に残すためなのです。

【4】世界にも「マタギ」はいる?

ここで視点を世界へ広げてみましょう。

マタギと全く同じ言語や神事を持つ人々が海外にいるわけではありません。しかし、「厳しい自然の中で、独自のルールと深い敬意を持ち、動物の命を余すことなく生かして暮らす」というテーマで見ると、世界各地に“マタギ精神”を持った先住民族が存在します。

ここでは4つの共通点から世界の狩猟民を見ていきます。

  1. 山や森(自然)を読む高い能力
  2. 獲物(命)に対する宗教的・精神的な敬意
  3. 一頭の動物を徹底的に使い切る知恵
  4. 狩猟ルールや知識を共同体で正しく継承する仕組み

<4-1>シベリアの狩猟民

ロシア北部からシベリア、極東にかけての広大なタイガ(針葉樹林帯)には、伝統的に狩猟や漁撈(ぎょろう)、トナカイ飼育を営んできたツングース系の先住民族が暮らしています。代表的なのがエヴェンキ(Evenki)とエヴェン(Even)です。

雪の質や微細な足跡から動物の行動を完璧に読み取る技術、そして狩獲した熊の頭骨を祀り魂を供養する「熊信仰」など、彼らの精神性はマタギの知恵と深く共鳴しています。

1) 広大な森を移動したエヴェンキ

エヴェンキ(Evenki)はシベリア全域に最も広く分布する民族で、季節ごとにタイガを移動しながら毛皮獣や大型獣を追う移動狩猟生活を行ってきました。しかし20世紀に入ると、旧ソ連の集団化政策によって定住化や国営農場への編入が進められ、社会構造が劇的に変化しました。ソ連崩壊後は伝統的な生業を再評価する動きも見られますが、現在は鉱山開発や大規模な森林伐採による環境破壊、地球温暖化、さらには言語・文化の継承危機といった多大な課題に直面しています。

2)山岳タイガの騎乗民エヴェン

エヴェン(Even)は、主にサハ共和国やカムチャツカなどのさらに厳しい山岳地帯に暮らす近縁の民族です。エヴェンの最大の特徴は、「トナカイに鞍(くら)を置いて人が乗り、荷物を運ばせる」という高度なトナカイ利用技術です。厳しい山岳タイガを移動するために、トナカイを単なる獲物や家畜としてではなく、険しい山道をともに越える「唯一無二のパートナー」として信頼関係を築いてきた歴史があります。

▼【動画】トナカイの民エヴェンはどのように暮らしているのか?

コラム|トナカイに乗るって珍しい事なの?

「トナカイにソリを引かせる文化」は北極圏~シベリアに広く存在しますが、「トナカイの背中に直接乗り(乗用)、移動する文化」は世界的に見てもきわめて珍しく、特別な技術です!

1)なぜソリ引きと乗用は違うのか?

  • ソリ(トナカイ橇): サーミやイヌイット、ネネツ族、エヴェンキなど、北方の多くの民族が行っています。「サンタクロース」のイメージもこの「ソリを引っ張る」姿です。トナカイの首や胸にハーネスをかけ、後ろのソリを引かせます。
  • 直接乗る(乗馬ならぬ「乗鹿」): トナカイは馬に比べて背骨や腰がそれほど強くありません。そのため普通に人が乗ると背中を痛めてしまいます。
  • エヴェンのすごさ: エヴェン(および隣接するツァーatanなどの一部の民族)は、トナカイの腰ではなく「肩甲骨(前脚の真上)」の上に特殊な鞍(くら)を置き、体重を前脚に集中させるという独自の技術を生み出しました。さらに、トナカイに人が乗れるよう、小柄で頑丈な系統を意図的にブリーディング(選別飼育)してきた歴史があります。

2)なぜ乗用が必要だったのか?

平原や氷の上なら「ソリ」で滑らせる方が楽ですが、エヴェンが暮らすのは岩場や倒木だらけの厳しい山岳タイガ(山岳森林地帯)です。ソリでは木や岩に引っかかって進めないため、「馬のようにトナカイの背に乗って山道を越える」という独自の進化を遂げたのです。

<4-2>北極圏のイヌイット

グリーンランド、カナダ(ヌナブト準州やヌナヴィクなど)、アラスカといった広大な北極圏に暮らすイヌイットの人々は、農耕が困難な厳しい自然環境の中で、長い歴史にわたって狩猟や漁撈(ぎょろう)を営んできました。

なお、「イヌイット」と一口に言ってもその社会は一枚岩ではありません。各地域(グリーンランド、カナダ北東部、アラスカなど)の自然環境や歴史的経緯によって、狩猟の対象、移動の形態、食文化、現在の社会状況には様々な多様性と地域差が存在します。

価しています。

▼【動画】イヌイットのカリブー狩り

1)アアシヴィスイト―ニピサット

そうした豊かな伝統の確かな証左となるのが、グリーンランド西部に位置するユネスコ世界遺産「アアシヴィスイト―ニピサット:氷と海の間のイヌイットの狩猟地」です。

ここでは、4,200年以上に渡り人々がカリブー(トナカイ)などの陸上動物や海の資源を季節に応じて利用してきた歴史が刻まれています。単なる過去の遺跡にとどまらず、気象や海氷、生き物の移動を読む高い知識、季節移動、共同体での分かち合いといった伝統が現代の地域社会にも受け継がれており、UNESCOは自然環境と人間生活が長い年月をかけて育んできた「文化的景観」として高く評価しています。

2)狩猟が持つ多角的な意味

イヌイットにとって、地域で得られるアザラシ、カリブー、魚類などのカントリーフード(伝統的な食料)を得る狩猟は、単なるタンパク質補給にとどまらない深い役割を果たしてきました。

  • 肉・脂肪: 貴重な食料・エネルギー源
  • 皮: 衣類や靴などの生活用品
  • 骨・角: 道具や生活用品の材料
  • 狩猟の知識: 気象、海氷、動物の移動などを読む知識
  • 食料の分配: 家族や共同体のつながりを支える仕組み

カナダ政府の資料等でも指摘されている通り、伝統的な食料や狩猟行為は、イヌイットの人々の身体的な栄養面だけでなく、社会的な繋がりや文化的アイデンティティを支える中核として位置づけられています。

3)イヌイット社会が直面する課題

現代の北極圏では、20世紀半ば以降の定住化政策や市場経済の導入といった歴史的変化に加え、地球温暖化(気候変動)に伴う環境変化が重なり、人々の生活に様々な影響を与えています。

  1. 海氷の変化と事故リスク:アザラシ狩りなどの足場となる海氷の減少や薄氷化、結氷期間の短縮により、伝統的な移動ルートの変更や事故リスクの増大、狩猟機会の減少が指摘されています。
  2. 永久凍土の融解とインフラへの影響:凍土の融解に伴い、地盤の沈下、高床式住宅や道路などのインフラ被害、沿岸部の侵食などが発生している地域があります。
  3. くらしの変化と多角的な課題:かつての自給自足的な生活から定住化や市場経済への移行が進む中、地域によっては伝統的食料(Country Food)の獲得機会が減少し、南から輸送される高価な市販食品への依存度が高まっています。

<4-3>北欧のサーミ

北欧(スカンジナビア半島北部)のラップランド地域に暮らすサーミは、何千年にもわたりトナカイの狩猟、そして放牧・遊牧を行ってきた先住民です。

彼らにとってトナカイは食料であり、衣類であり、移動手段であり、民族のアイデンティティそのものです。「自然を支配するのではなく、動物の移動サイクルに合わせて人間が生きる」という姿勢は、マタギの山との向き合い方に通じます。

▼【動画】サーミ人:北欧の先住民族を探る

1)サーミが抱える問題

現在は定住化が進み、実際に移動放牧を行う人はサーミ全体の一部となりましたが、トナカイ文化は今も彼らの核心にあります。彼らは現在、GPSやスノーモービルなどの現代技術を取り入れながら伝統的な知識を守ろうとしています。

しかし、サーミの暮らしもまた大きな環境変化に晒されています。

  • 雨氷現象(フリージング・レイン): 暖冬により冬場に雨が降った後、急速に冷え込むことで雪の表面が「硬い氷の層」で覆われてしまいます。これにより、トナカイが雪を掘って主食である地衣類(コケ)を食べられず、餓死するリスクが高まっています。
  • 土地の分断: 鉱山開発、風力発電施設の建設、道路網の発達によって、古代から続いてきたトナカイの移動ルートや放牧地が細切れに分断されています。

コラム|最高の獲物とは何か?

各地域の狩猟民を比較したとき、「なぜその動物が最高の獲物とされたのか?」という疑問が浮かびます。それぞれの獲物には一長一短があり、その土地の環境において最も効率的で価値の高い動物が選ばれてきました。

獲物主な地域強み・メリット課題・一長一短
熊(ツキノワグマ/ヒグマ)日本(マタギ)、シベリア極めて高い経済価値と栄養。 肉・脂に加え、「熊胆(薬)」として高値で売却可能。一頭で大きな現金と資源をもたらす。危険度が極めて高く、冬〜春の限られた時期しか狩れない。可搬性に制限がある。
トナカイ(カリブー)北欧(サーミ)、極圏圧倒的な汎用性と群れ移動。 肉・皮・角・骨に加え、生体時は「移動手段(ソリ)」や「乳」としても利用可能。季節による長距離移動を追いかける必要があり、人命保護や群れ管理の労力が大きい。
アザラシ北極圏(イヌイット)極寒の地での完全な生存資源。 高カロリーな脂(燃料・暖房)、完全防水の皮(服・船)、肉(ビタミン補給)。氷の上や海中での危険な狩りが必要。保存・処理に高度な技術を要する。
クジラ沿岸捕鯨地域一頭で巨大なコミュニティ全体を養う圧倒的な量。 肉・鯨油・骨・皮など、無駄のない巨大な資源。組織的な巨大集団と船・特殊な道具が必須であり、個人や小集団では狩獲できない。

まとめ

日本のマタギ、シベリアの狩猟民、極圏のイヌイット、北欧のサーミ。置かれた環境や対象とする動物は違っても、彼らに共通しているのは「自然に対する圧倒的なリスペクト(畏敬の念)」です。

彼らは決して「自然を人間がコントロールできる」とは思っていませんでした。だからこそ独自のルール(禁忌や山言葉)を作り、乱獲を防ぎ、命を奪った動物には最大限の感謝と供養を捧げてきたのです。

熊の出没問題や文化衰退に直面する現代において、自然の限界を知り、恵みを残さず使い切り、感謝とともに生きる彼らの「マタギ精神」は、私たちがこれからの持続可能な社会(SDGs)や自然との共生を考えていくうえで、極めて重要なヒントを与えてくれています。

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