昔の人は何で身体を洗っていた?|歯磨き・洗髪・洗濯に使われた自然素材

昔の人たちは、今のような歯磨き粉や石鹸、洗剤がない時代にも、身の回りにある植物や鉱物を上手に利用して、身体や衣類、道具を清潔に保っていました。

枝を噛んで歯を磨く。
植物を水に浸して泡立てる。
灰を水に溶かして洗う。
粘土に汚れを吸着させる。

こうした方法は、一見すると現代の衛生用品とはかけ離れているように見えます。

けれども、その背景には、植物に含まれるサポニンの泡立つ性質、灰のアルカリ性、粘土の吸着性、枝や繊維による物理的な清掃作用など、素材そのものが持つ性質を利用する知恵がありました。

今回は、地域や時代を超えて実際に利用されてきた自然素材の中から、歴史的な資料で確認しやすいものを中心に紹介します。

目次

・【1】歯を清潔にした自然素材
・【2】石鹸の代わりになった自然素材
・【3】洗浄や暮らしに利用された自然素材
・【4】まとめ

【1】歯を清潔にする自然素材

歯磨き粉や歯ブラシが普及する以前、人々は植物の枝や粉末状の素材などを使って歯を清潔にしていました。

その中でも特に興味深いのが、枝そのものを「歯ブラシ」として利用する文化です。

<1-1>ミスワク(Salvadora persica)

中東からアフリカ、南アジアなどに広く分布する「ミスワク(Salvadora persica)」は、世界で最もよく知られている歯磨き用の枝のひとつです。

枝や根の一部を切り取り、先端を噛んでほぐすと、内部の繊維が細かなブラシのように広がります。

この繊維を歯に当ててこすることで、食べ物のかすや歯垢などを物理的に取り除いていました。

ミスワクの歴史はイスラム文化以前にもさかのぼるとされ、イスラム文化が広がるとともに、その使用も広い地域へと広がりました。イスラム圏では、口を清潔に保つための習慣として、また礼拝などに関わる身だしなみ・清浄の一部として重視されてきました。現在でも中東やアフリカ、南アジアなどで利用されています。

枝を噛むと繊維が自然にブラシ状になるため、特別な道具を必要としません。

さらに、Salvadora persicaにはさまざまな成分が含まれており、抗菌作用や歯垢への作用などについて現代でも研究が続けられています。臨床研究をまとめたレビューでは、適切に使用したミスワクが歯垢や歯肉炎の管理に役立つ可能性も報告されています。

🔽【動画】ミスワク(MISWAK)

<1-2>ニーム(Azadirachta indica)

インド亜大陸では、「ニーム(Azadirachta indica)」の枝も歯磨き用のスティックとして利用されてきました。

枝の一部を噛んで繊維をほぐし、それを歯や歯ぐきに当てて使う方法です。

こうした「歯磨き枝」はインドの伝統的な生活文化の中で長く利用されており、ニームもその代表的な植物のひとつです。

ニームはアーユルヴェーダでもさまざまな用途に利用されてきた植物で、葉や樹皮、枝など、それぞれの部位が生活や伝統医療の中で活用されてきました。

現代では、ニームに含まれる成分について抗菌作用などを調べる研究も行われています。

現在でも、ニームの枝を利用した歯磨きや、ニーム成分を配合した口腔ケア用品が見られます。

🔽【動画】ニーム(Neem Stick)

<1-3>塩

植物だけでなく、身近な鉱物も歯のケアに利用されてきました。

その代表がです。

塩は古くから、細かくしたものを歯にこすりつけたり、塩水で口をすすいだりする方法に利用されてきました。

保存食や調味料として日常的に使われていた塩は、特別な道具を必要とせず、身近な場所で手に入れやすい素材だったことも、歯のケアに利用された理由のひとつと考えられます。

現代でも、塩を配合した歯磨き粉や口腔ケア用品が作られています。

<1-4>炭|木炭と活性炭

炭も、古くから歯の清掃に利用されてきた自然素材のひとつです。

木を燃やして作った木炭を細かく砕き、粉末にして歯にこすりつける方法などが、さまざまな地域で行われてきました。

炭を歯に使う理由のひとつは、粉末にすることで、歯の表面についた汚れを物理的に落としやすくなることです。

一方、現代では、吸着性を高めた活性炭がさまざまな用途に利用されています。

歯磨き用品だけでなく、石鹸や洗顔料、消臭用品、浄水用フィルターなどにも活性炭が使われているのは、「表面に物質を吸着する」という性質を利用するためです。

コラム|木灰・灰汁・木炭・活性炭はどう違う?

「木灰」と「木炭」は、どちらも木を加熱してできるものですが、作り方も性質もまったく違います。

見た目が似ているため混同しやすいのですが、ポイントは「木をどのように加熱したか?」です。

1)木を燃やす → 木灰

木を十分に燃やすと、木材に含まれる有機物の大部分が燃焼し、あとに無機成分を中心とした木灰が残ります。

この木灰を水に浸すと、水に溶けるアルカリ性の成分が溶け出します。

この液体が「灰汁(あく)」です。

つまり、

木灰 + 水 → 灰汁

という関係です。

灰汁はアルカリ性を持つため、昔は洗浄に利用されたほか、油脂と反応させて石鹸をつくるためのアルカリ源としても利用されました。

2)酸素の少ない状態で加熱する → 木炭

一方、木材を酸素の少ない状態で加熱すると、燃え尽きずに炭化し、木炭になります。

木炭は炭素を多く含み、内部には細かな孔を持つ多孔質な構造があります。

この性質から、燃料として使われるだけでなく、物質を表面に吸着する素材としても利用されてきました。

そのため、木炭を水に浸しても、木灰のようなアルカリ性の灰汁にはなりません。

3)木炭をさらに加工する → 活性炭

さらに木炭などを加工して、内部により多くの細かな孔をつくり、吸着性能を高めたものが活性炭です。

木材やヤシ殻などを炭化した後、「賦活(ふかつ)」という処理を施すことで、木炭よりも表面積が大きくなり、さまざまな物質を吸着する能力が高まります。

そのため現代では、活性炭が浄水用フィルターや消臭用品、歯磨き用品、石鹸など、さまざまな製品に利用されています。

<1-5>中国の伝統的な歯磨き文化|灰・炭・真珠粉

現代の歯磨き粉では、さまざまな成分が科学的に調整されていますが、こうした伝統的な歯磨きには、「身近な素材を粉にして組み合わせる」という昔ながらの知恵を見ることができます。

中国では、古くから身近な素材を利用して歯を清潔に保つ方法が行われてきました。

灰や炭などを細かくして歯の表面をこすったり、粉末状の素材を組み合わせたりするなど、地域や時代によってさまざまな方法が見られます。

中でも興味深いのが、真珠粉や炭、植物素材などを組み合わせて歯磨き用の粉をつくる方法です。

真珠粉は中国で古くから利用されてきた伝統素材のひとつで、美容や薬用などさまざまな用途に使われてきました。現在でも、真珠粉を配合した歯磨き用品がつくられています。

また、竹炭などの炭や植物素材を組み合わせた伝統的な歯磨き粉づくりも、現在の中国・東アジア圏で見ることができます。

当時の詳しい配合までは分かっていませんが、植物や鉱物を細かくし、それぞれの性質を組み合わせて歯の清掃に利用するという発想は、自然素材を活用した口腔ケア文化の一例として興味深いものです。

🔽【動画】Ancient Pearl Bamboo Salt Toothpaste

【2】石鹸の代わりになった自然素材

石鹸が一般家庭に広く普及する以前、人々は身近な自然素材が持つ性質を利用して、身体や髪、衣類などを洗っていました。

地域によって使われる素材は異なりますが、その働きを見ていくと、大きく**「アルカリ」「サポニン」「吸着」**という3つの性質に分けることができます。

なかでも特に面白いのが、水に入れると泡立つ植物です。

その泡の正体は、植物に含まれる「サポニン」。

サポニンには界面活性作用があり、水と混ざることで泡をつくるものがあります。

つまり昔の人々は、植物から石鹸をつくったのではなく、**植物そのものに含まれる「天然の洗浄成分」**を利用していたのです。

<2-1>灰と灰汁

薪を燃やしたあとに残る木灰は、昔の暮らしの中でさまざまな用途に利用されていました。

そのひとつが、木灰からつくった灰汁(あく)を洗浄に利用することです。

灰汁はアルカリ性を持つため、衣類や布などの洗浄に利用されてきました。また、油脂と反応させることで石鹸をつくることもでき、昔の石鹸づくりに欠かせない素材のひとつでした。

ただし、灰汁は濃度によっては刺激が強くなるため、昔の方法を現代の家庭でそのまま再現する場合には注意が必要です。

🔽【動画】From wood ashes to old fashioned bar soap

<2-2>ソープナッツ(ムクロジ)

「植物が石鹸になる」という話をするとき、ぜひ知っておきたいのがソープナッツです。

「ソープナッツ」は特定の1種類の植物名ではなく、ムクロジ属(Sapindus)の果実を指す呼び方です。

インドやヒマラヤ地域などで利用されてきたムクロジ属(Sapindus)の果実は、果皮にサポニンを多く含んでいます。

この果皮を水に浸したり煮出したりすると、サポニンが溶け出し、泡立つ液体になります。

そのため、ソープナッツは伝統的に、

  • 衣類の洗浄
  • 髪の洗浄
  • 繊細な布の洗浄
  • 身の回りのものの洗浄

などに利用されてきました。

ソープナッツに含まれるサポニンが比較的穏やかな洗浄成分として働くため、シルクやショールなどのデリケートな素材の洗浄にも使われていました。

※江戸時代の一般的な洗濯では、ムクロジの果皮を利用した記録があります。ムクロジは、ムクロジ科ムクロジ属の植物(Sapindus mukorossi)で、中国南部を原産とし、日本にも分布しています。日本のムクロジは、海外で「ソープナッツ」と呼ばれている植物の一つと同じ種類です。

🔽【動画】ソープナッツ(Sapindus)

<2-3>ソープワート(Saponaria officinalis)

ヨーロッパにも、植物をそのまま洗浄剤として利用する文化がありました。

その代表が「ソープワート(Saponaria officinalis)」です。

名前の「Saponaria」はラテン語の「sapo(石鹸)」に由来し、その名の通り、古くから天然の洗浄素材として利用されてきました。

ソープワートの根や地上部にはサポニンが含まれており、水に浸すと泡立ちます。

この性質を利用して、布や衣類、身体などの洗浄に使われてきました。近年の植物研究でも、ソープワートに含まれるサポニンの構造や生成過程が詳しく研究されています。

特に、一般的な石鹸よりも穏やかな洗浄が求められる素材の洗浄に利用されたことは、ソープワートの特徴をよく表しています。

🔽【動画】ソープワート(Saponaria officinalis)

<2-4>ユッカ(Yucca)

北米にも「植物から作る石鹸」の文化があります。

その代表がユッカです。

ユッカの根にはサポニンが含まれており、根の外皮を取り除いて叩き、水と混ぜると泡立ちます。

北米の先住民文化では、この性質を利用して、ユッカを石鹸として利用してきました。

米国国立公園局の資料でも、ユッカの根を叩いて泡立て、石鹸として使ったことが紹介されています。地域によっては髪や衣類、毛布などの洗浄にも利用されていました。

「soapweed」という英名があるのも、その洗浄文化をよく表しています。

ここでも、

植物の中にあるサポニンを、水を使って引き出す

という知恵が共通しています。

インドのソープナッツ、ヨーロッパのソープワート、北米のユッカ。

地域はまったく違っても、人々はそれぞれの土地に生える植物から「洗えるもの」を見つけていたのです。

🔽【動画】ユッカ(soapweed)

<2-5>粘土・ガスール

植物だけでなく、粘土も身体や髪を洗うための自然素材として利用されてきました。

その代表が、モロッコの「ガスール(Ghassoul/Rhassoul)」です。

ガスールはモロッコで採取される粘土で、伝統的な身体や髪のケアに利用されてきました。

水を加えると泥状になり、皮脂や汚れを吸着させながら洗い流すことができます。

ここで植物性の洗浄素材と大きく違うのが、泡立たなくても「洗う」ことができるという点です。

サポニンを含む植物は「泡」を利用しますが、粘土は主に「吸着」という性質を利用します。

つまり、

泡で落とす植物
吸着して落とす粘土

という、異なる自然の力が洗浄に利用されていたのです。

👉【関連記事】泥の美容法で心身のリフレッシュ!ファンゴ療法の魅力と効果

🔽【動画】モロッコのガスール粘土で2ヶ月間髪を洗ってみた

【3】洗浄や暮らしに利用された自然素材

<3-1>松脂・ターペンタイン・ロジンとは?

松はヨーロッパ、北米、アジアなど広い地域に分布し、そこから採れる「松脂(まつやに)」は、古くから人々の暮らしに利用されてきた天然の樹脂です。

松脂は、そのまま利用されるだけでなく、用途に合わせて加工することもできます。

まず、それぞれの関係を簡単に整理すると、次のようになります。

  • 松脂=松の木から採れる樹脂
  • ターペンタイン=松脂を蒸留して得られる揮発性の液体成分
  • ロジン=松脂を蒸留したあとに残る固形の樹脂成分

つまり、ターペンタインとロジンは、どちらも松脂を加工することで得られるものです。

1)松脂は何に使われてきた?

松脂は古くから、地域や時代によってさまざまな用途に利用されてきました。

  • 接着・充填:木材や容器などの隙間を埋めたり、物を接着したりする
  • 防水:船や容器などに塗って水の侵入を防ぐ
  • コーティング:表面を保護する
  • 照明:松脂を燃やして明かりに利用する
  • 医療・薬用:地域によって外用などに利用する

このように、松脂は単なる「木から出る樹液」ではなく、昔の暮らしの中でさまざまな役割を担っていた素材だったのです。

そして近代になると、松脂を蒸留して得られるターペンタインは、油や樹脂などを溶かす性質を利用して、塗料やワニスなどの溶剤として利用されるようになります。

一方、蒸留後に残るロジンも、接着剤や印刷インキ、コーティングなど、さまざまな工業製品に利用されています。

身近な一本の松から採れる樹脂が、昔は生活用品として、現代では工業材料として姿を変えながら利用されているのです。

🔽【動画】How to process Pine Resin

【4】まとめ

昔の人々が身体や身の回りのものを清潔にするために使っていたのは、特別な「天然洗剤」ばかりではありませんでした。

歯を磨くための枝。

灰から作る灰汁。

水に入れると泡立つ植物。

汚れを吸着する粘土。

どれも、身近な自然の中から見つけられた素材です。

そして面白いのは、世界の各地で同じような発想が生まれていること。

中東ではミスワク、インドではソープナッツ、ヨーロッパではソープワート、北米ではユッカ、モロッコではガスール。

植物や鉱物は違っていても、人々はそれぞれの土地で、

「これは汚れを落とせる」
「これは泡立つ」
「これは歯をこすりやすい」
「これは布を傷めにくい」

という素材の性質を見つけてきました。

現代では、歯磨き粉も石鹸も洗剤も、ボタンひとつで簡単に手に入ります。

けれど、その背景にあるのは、自然の中にある素材を観察し、その性質を暮らしに生かしてきた長い歴史です。

「洗う」という、ごく当たり前の行為をたどってみると、そこには世界各地の人々が積み重ねてきた、身近な自然との付き合い方が見えてきます。

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