世界には、かつて戦うため、あるいは生きるために磨かれた身体技術が、時代を越えて競技として残っている例がいくつもあります。
日本の棒倒しは軍事的な背景を持つ集団競技として、アフガニスタンのブズカシは遊牧民の騎馬文化とともに発展してきました。モンゴル相撲には遊牧民社会の格闘文化が、ムエタイには古くから伝わる武術の技術が受け継がれています。
かつては身体を鍛え、仲間と連携し、戦うために必要だった技術。しかし時代が変わると、それらは祭りや競技、スポーツへと姿を変え、今では多くの人を熱狂させています。
なぜ、戦うための技術は「競う文化」へと変わっていったのでしょうか?
棒倒し、ブズカシ、モンゴル相撲、ムエタイを中心に、世界に残る伝統競技をたどりながら、そこに息づく身体文化の歴史と、時代を越えて受け継がれてきた技術を見ていきます。
目次
・【1】日本|棒倒し
・【2】アフガニスタン|ブズカシ
・【3】モンゴル|モンゴル相撲
・【4】タイ|ムエタイ
・【5】戦う技術から祭りの競技へ
【1】日本|棒倒し
棒倒しは、現在では防衛大学校の名物競技として知られています。そのルーツは旧海軍の伝統にあり、防衛大学校では海軍兵学校から続く競技として受け継がれてきました。現在の棒倒しは、防衛大学校の開校記念祭を代表する行事の一つになっています。
競技のルールはシンプルです。地面に立てられた棒を中心に、二つの大隊が攻撃と防御に分かれ、攻撃側は相手の棒を倒し、防御側は自分たちの棒を守ります。現在の防衛大学校では、1チーム約150人が攻撃担当と防御担当に分かれて戦い、相手の棒を一定角度まで傾けると勝利となります。
見た目は大勢が一斉にぶつかり合う乱戦ですが、実際には役割分担と連携が重要です。攻撃側は相手の防御を崩しながら棒へ近づき、防御側は棒を中心に守りを固めます。防衛大学校の学生自身も、棒倒しを単なる体力勝負ではなく、戦略やリーダーシップ、仲間との信頼関係を学ぶ場として語っています。
現在では、一般の学校で行われる棒倒しとは規模も位置づけも大きく異なり、防衛大学校の開校記念祭を象徴する競技として続いています。学生たちが長期間にわたって準備・練成を重ね、本番では大隊同士が激しくぶつかり合う姿は、まさに防大ならではの光景です。
棒倒しは、軍事的な背景を持つ集団競技が、学校文化の中に受け継がれた興味深い例といえるでしょう。
🔽【動画】防衛大学校|棒倒し
【2】アフガニスタン|ブズカシ
アフガニスタンを代表する伝統競技が、馬上で行う「ブズカシ(Buzkashi)」です。
その起源には諸説ありますが、中央アジアの遊牧民社会に古くから伝わってきた騎馬競技で、家畜を奪い合うような騎馬技術から発展したと考えられています。
競技では、馬に乗った選手たちがヤギや子牛の死体を奪い合い、決められた場所まで運んで得点を競います。伝統的な形式では多数の騎手が一つの象徴物をめぐって争うため、馬を巧みに操りながら、他の選手の動きをかわして目的地まで運ぶ高度な技術が求められます。
かつての遊牧民社会では、馬を自在に操ることは生活にも戦いにも欠かせない能力でした。そのためブズカシには、単なる娯楽というより、騎馬文化の中で培われた身体能力や技術を競う側面があります。
現在のアフガニスタンでは、ブズカシは国を代表する伝統スポーツとして知られています。地域の祭礼や祝祭などでも行われ、優れた選手は高い名声を得ます。また、伝統的な自由競技だけでなく、競技場やチーム、時間、得点方法などを整えた近代的な形式も発展しています。
荒々しい騎馬競技の中には、遊牧民が長い歴史の中で培ってきた「馬を操る技術」と「奪い合う技術」が今も息づいています。
🔽【動画】アフガニスタン|ブズカシ(Buzkashi Afghanistan traditional sport)
【3】モンゴル|モンゴル相撲
モンゴルの伝統競技を代表するのが、「モンゴル相撲(ブフ)」です。
モンゴル相撲(Mongolian wrestling)は、遊牧民社会で古くから行われてきた格闘文化で、単なる力比べではなく、身体能力や技術、精神力を競う場でもありました。遊牧民にとって身体の強さや馬術、戦闘能力は重要な意味を持っていたため、相撲もまた、戦士の鍛錬と結びついた側面を持っていたと考えられています。
競技は、土俵のような決められた円の中で行われます。日本の相撲のように押し出すのではなく、相手の身体の一部を地面につければ勝ち。投げ技や足技などを駆使しながら、相手のバランスを崩して倒します。
特徴的なのが、選手が着用するゾドグと呼ばれる上衣、ショーダグと呼ばれる短いパンツ、モンゴル式のブーツです。特に上衣は胸元が大きく開いた独特の形をしており、相手がつかめる場所を限定する日本の相撲とは異なるスタイルになっています。
モンゴル相撲は、モンゴル最大の祭典であるナーダム(Naadam)の主要競技の一つです。ナーダムでは相撲・競馬・弓術が競われ、これらはモンゴルの遊牧文化や武芸と深く結びついてきました。
勝ち進んだ力士には称号が与えられ、上位の選手は高い名声を得ます。試合そのものだけでなく、選手の強さや技量、これまでの実績まで含めて評価されるのもモンゴル相撲の魅力です。
かつて身体能力や戦う力が重視された遊牧民社会。その文化の中で育まれた格闘技は、現在では国を代表する伝統スポーツとして受け継がれています。
🔽【動画】モンゴル最大の祭典|ナーダム( Naadam)
【4】タイ|ムエタイ
タイを代表する格闘技、「ムエタイ(Muay Thai)」もまた、戦うための技術が現代のスポーツへと発展した代表例です。
ムエタイのルーツには、タイに古くから伝わる武術文化があります。かつては戦場で身を守るための徒手格闘技術が重視され、武器を失った場合にも戦えるよう、拳だけでなく肘・膝・すねなど身体のさまざまな部分を使う技術が発達しました。
現在のムエタイでは、拳・肘・膝・脚を使って攻防を繰り広げます。相手との距離を一気に詰めたり、蹴りで間合いを取ったり、組み合った状態から膝を打ち込んだりと、全身を使った攻撃と防御が特徴です。
ただし、現在のムエタイがそのまま古代の戦闘技術というわけではありません。近代になると競技としてのルールや階級、ラウンド制などが整えられ、危険性を抑えながらスポーツとして発展していきました。
一方で、試合前に行われる「ワイクルー(Wai Kru)」には、ムエタイが単なる格闘スポーツではなく、伝統文化として受け継がれてきたことが表れています。選手がリング上で舞うように身体を動かすこの儀礼には、師や先祖への敬意を示す意味があります。
現在ではタイ国内だけでなく、世界各地でムエタイの大会やジムが見られるようになりました。競技としての形は大きく変化しても、身体を鍛え、技を磨き、相手と向き合うという武術文化の精神は受け継がれています。
戦うために磨かれた身体技術が、時代とともにルールを持つスポーツへ変化していったムエタイ。武術から競技へという変化を最も身近に感じられる伝統文化の一つといえるでしょう。
🔽【動画】タイ|ムエタイの試合前に行われるワイクルー(Muay Thai traditional Wai Kru)
【5】戦う技術から祭りの競技へ
ここまで見てきた棒倒し、ブズカシ、モンゴル相撲、ムエタイには、それぞれ異なる歴史があります。
棒倒しは軍事的な背景を持つ集団競技として受け継がれ、ブズカシには遊牧民の騎馬文化が息づいています。モンゴル相撲は遊牧民の格闘文化からナーダムの代表競技へ、ムエタイは武術から近代的な格闘スポーツへと発展しました。
そして、世界にはほかにも、かつての戦闘技術や身体能力を競う文化が、祭りやスポーツとして残っている例があります。
ヨーロッパの「ジョスト(馬上槍試合)」は、中世の騎士文化を象徴する競技です。馬上から槍を構えて突進し、相手を馬から落とすことを競いました。騎士の馬術や武器を扱う技術と深く結びついていましたが、現在では歴史再現イベントなどでその姿を見ることができます。
スコットランドのハイランドゲームズも、地域の祭りとともに受け継がれてきた伝統的な競技大会です。スコットランド・ハイランド地方の文化を背景に、音楽やダンス、力や技を競うさまざまな種目が行われます。
中でも有名なのが、キャバー・トス(丸太投げ)。大きな丸太を立てて抱え上げ、前方へ倒すように投げ、どれだけ遠くへ飛ばすかではなく、丸太をどれだけまっすぐ前方へ倒せるかを競います。
キャバー・トスについては、戦士の訓練がそのまま競技になったと断定することはできません。木材を扱う技術や身体能力を競う文化など、複数の背景が考えられています。現在では、ハイランドゲームズを代表する豪快な種目として、多くの人に親しまれています。
こうして見ると、「訓練から競技へ」という変化には、いくつもの形があることが分かります。
戦うための技術が武術やスポーツとして残ったものもあれば、馬を操る技術や身体の強さなど、かつての生活に必要だった能力が祭りの競技として受け継がれたものもあります。
時代が変わり、実際の戦場や生活の中で必要とされる場面が少なくなっても、人々はそれらの技術を完全に手放すことはありませんでした。
競い、観戦し、祭りとして楽しむことで、身体を使った技術そのものを文化として残していったのです。
棒を倒す、馬上で奪い合う、相手を投げる、拳や蹴りで戦う、槍を構えて突進する、巨大な丸太を投げる――。
一見するとまったく違う競技ですが、その背景をたどると、そこには「身体を鍛え、技を磨き、それを次の世代へ伝える」という共通した文化が見えてきます。
激しい熱戦の中には、かつての人々が生きるため、戦うため、そして共同体の中で力を示すために培ってきた身体の記憶が、今も息づいているのです。